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そんな色欲まみれの浅~い高校生活を終える頃には、ボクも地元の先輩達とラップを始めていた。
初めて書いたリリックが何だったのかは覚えていないが、驚くほど粋がったモノであったには違いない。思考は完全にハードコアラッパーだったからだ。
拳銃を持ち歩いて、スタジオフィーを踏み倒したり、恐喝して奪い取った金でドラッグを仕入れたり、観光客を見つけては身ぐるみ剥がしたり・・・
そんな事は海を渡った向こうでのお話しで、実際のボクは、必要以上の腰履きをしたり、交番の前を通るたびに中指を立てたり、ゲームセンターに爆竹を投げ込んだり、浴びるように酒をあおって一晩に何度も吐いたり、ケンカをしたり・・・
その程度のもんだったが、世界一安全だと言われるここ日本で、何の苦労もなくスクスク育ったボクだという事を考えれば、頑張っていた方である。しかも、地元のコワイ人達とも顔見知りになっていたので、小ズルさには拍車がかかっていった。そんな折、ボクに「ヒップホップ」を教えてくれた、先輩からパーティーの誘いがあった。
「今度、町田のクラブでパーティーやるから、お前も出てみろよ。五分だけ時間やるよ。その代わりチケット二十枚売って来いよ。」
チケットはポケベルで呼び出した後輩三人に売りつけたので、ノルマは十分で達成された。
高校三年の十二月の寒い日、ボクは町田のクラブでラッパーデビューを果たすこととなる。一週間前から主に衣装とパフォーマンスに頭を悩ませていたボクは、ライブ当日まで肝心要のリリックの事を考えていなかった。
今考えると驚くべき事だが、当時はそんなもんだった。当然のごとく、ステージで赤っ恥をかいたボクは、さして努力もしなかったくせに、悔しさだけは一人前で、ライブ直後に
「今度はチケット五十枚売るから、次もやらしてくれ。」
と、リベンジを誓った。チケットは後輩に任せて、次の日、ワダに電話した。
「町田でやるパーティーに出れるから、一緒にラップやろうぜ」
ワダの返事は素っ気なかった。
「嫌だよ。町田って遠いもん。」
結局、ボクが江戸川に通うという事で、ワダには了承してもらった。
それからは毎日のように、バイトの合間をみて、ワダの友達が溜まり場にしていた、ガッツの家に通った。ガッツはボクも高校が一緒だった事もあって、知らない仲じゃなかったし、ガッツの家はお金持ちらしく、なんだかよく分からないけど必要らしい機材が揃っていたし、何といってもガッツの姉ちゃんがセクシーだったので、江戸川は遠かったけど、通うのは全く苦にならなかった。
ワダのお陰で形になった二度目のライブは、ド派手な衣装と、ハチャメチャな後輩達のノリで、なんとか体裁を保つ事ができた。今思うと大した努力もしていないのだが、何故か一つの事をやり遂げた達成感を感じていた。

